本質(ネタ)の価値とこれからやるべきこと

2007.11.30 金曜日

下記のエントリを見て、以前からWeb業界で今後おこりうる変化について、個人的に少し考えていたことを思い出した。

「品質」という概念の価値が相対的に下がっている

Web 2.0デザイン汚染に立ち向かう

Webのお仕事をするなかで、見た目をそれっぽく整える・デザインをし、品質にこだわって、対外的な評価を得てもすべからく「良いもの」としては成立しないんじゃないだろうかということ。
Web2.0っぽいデザインで、清潔感・こぎれい感を持たせて、パッと見て「良いね」的なサイトを作っても、その価値は長くは続かない。で、今後、それがさらに顕著になるのかもしれない。

上記のデザインができるやつってごまんといるし、今の若手なんかもこの時代の品質を見て育っているからね。底上げされるのはあたりまえだしね。
※現状のApple先導のWebデザイン事情は、ちとみんな思考停止杉というか、安全策すぎというか、そんな懸念はあるけれど。この状態はもう少し続くかもね。

「制作(準備)期間と品質がある程度かみ合ったバランスが保たれていれば、あとは“ネタ(おもしろさ・便利さ・必要性)”が価値を決める」ことを、最近仕事の中で感じ始めているところ。

たいした意味のない物事をよく見せるために、どれだけ見た目やデザインに僕の人生を注ぎ込んだとしても、それに見合った価値は得られない。実質、物事の本質的価値を1~2割増やせる程度かなと。

※こういった考えって普通のデザイナーはあるのかな。葛藤としては、内面的に持っているのかもしれないけどね。
そこから脱却する方法として、「対外的な評価・存在価値が低いものに固執している時間とやる気があれば、明白に”便利だわー(ex.Google系サービス)”"これ楽しいわぁ~(ex.ニコ動)”"もうこれがなきゃ生きていけないわ(ex.ケータイとかメールとか)”」を確実に感じられるものを考えて実現させないとあかん。おそらく。

上記の例はちと自分には壮大すぎるので、もっとスケールダウンしたところからだね。

なんか自分の位置が、「作業デザイナー → デザインとかいろいろを教えられる人 → なんちゃってディレクター → 企画・営業っぽい人」と変化している三十路直前の冬。

幸い、自分にはWeb業界に携わってきた経験があるので、考えたネタをある程度洗練させたり、効率のよいものに磨くことはできると思しね。
と、だらだらと心情を書き連ねてみたけれど、支離滅裂なチラシの裏だこりゃ。

読み返すとしょうもない内容なのでトラバは控えておこうっと。

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